彼女は、それでもピアノを弾いていた

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六本木にスイートベイジルという大人向けのライブハウスがあって、もうすぐ閉店しちゃうというので行ってきました。その日の演目は岡本真夜さんの19周年コンサート。ピアノとギター(orチェロ)のアコースティックなライブでした。

スイートベイジル
今回はスイートベイジルに行くのが目的なので、僕は彼女の事はあまり知りません。誰かがカラオケ(滅多な事では行かない)で歌っているのを聴くぐらいです。

一応、予習はして行ったのだけど、半分以上の曲が分からなくてぼんやり聴いていました。岡本さんは限られた時間の中で少しでも沢山の歌を聴いて欲しいようで、あまりしゃべる事もなく、ひたすらピアノの弾き語りを続けていきます。彼女の人柄なのでしょう、素直なテーマで素直なコード進行の曲が多く、芸術には若干の狂気が必要だと思っている僕には少し物足りません(ファンの人ごめんなさい)。

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STB139
そんなコンサートの中盤、彼女は手を止め、穏やかに自分の決意を語り始めました。

「20周年に向けて頑張っている事がある。ピアノのインストのCDを出したい。だから今、一生懸命ピアノの練習と作曲をしている」

そしてインストゥルメンタルでピアノを弾き始めました。僕はその曲を聴きながら、彼女がインストのCDを出す意味について考えました。

元々はピアニスト志望だったという彼女。若い頃は彼女の歌が毎週のようにチャートを賑わせていた時代も結構ありました。提供してヒットした楽曲も沢山あります。

でも正直、そこまでピアノが上手い訳でもない。今から一生懸命練習しても、限界がある。それに、今どきCDを出したところで、そんなに沢山売れるわけでもない。それは即ち、かつてのように沢山の人には届かないという事を意味しています。

だけど、それを分かった上で、それでも彼女はピアノを弾きます。静かに、時に情熱的に。小さいけれど、ホールの観客の視線を一身に集めながら。彼女の秘めた気持ちが運指を通して伝わってくるような気さえします。

別に芸術的な演奏というわけでもない。でも、小さな一体感に、その瞬間、包まれていた気がします。少なくとも、自分の中では。

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ピアノインストのCDを出すこと。それは、彼女が元々抱いていた夢なのかもしれないし、常に新しい事にチャレンジしたいという表現者としての性みたいなものなのかもしれません。もしかしたら今までの自分の人生に不満があるのかもしれない。そこは僕には分からない。

ただ、素直な人だから頑張れる。諦めないから続けられる。そんなしっとりとして、それでいて爽やかな生き方があるんだな、と。

うまく説明できないけれど、そんな彼女の姿勢に僕は少し惚れて、真っ直ぐには家に帰らずにグラスを傾け直したのでした。

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