かつて、ゲームセンターという遊び場があった

ゲーム

仕事帰り、ふと巣鴨の駅前にあるゲームセンターがどうなっているか、気になってちょっと覗いてみた。このゲーセンはいつも買い物をするスーパーの隣にあるので週に何度か前を通るが、新型コロナ蔓延以降、近寄らないようにしていたのだ。

仕事帰りに巣鴨のゲームセンターをのぞいてみた。ゼロではないけれど、全然人がいない。コンビニやスーパーの方が、ずっと沢山の人がいる。これはヤバい。

ゼロではない、ゼロではなけれど、ガラガラを通りこしていた。時間は夜10時だ。

本当に偶然だけど、帰宅してから調べてみたら、この日はイベントがあったり、新型ゲームが入荷したりしていて、そこそこ賑わっていてもおかしくない、いや、賑わっていなければならないはずの日だったのだ。

そしてなにより、ここはゲーセン界の「聖地」の1つに数えられるような「名門」のゲームセンターで、今年で35周年。ゲーセン業界全体が華やかな時代には、修学旅行で上京してきた地方の学生が訪れるような場所だったのである。インターネットもパソコン通信も無い時代に、巣鴨から遠く離れた埼玉の奥地に住んでいた僕でも知ってるぐらい、有名なゲーセンだったのだ(当時は行った事がなかったけど)。

さて、本題である。

昨今のスマホゲームの隆盛、そして若者人口の減少により、ゲームセンターの数は元々長期凋落傾向にあった。平成の30年間に5分の1に。ここ10年間でも2分の1に減っている(算出方法がそれぞれ違うので直接の比較はできないが)。本屋と一緒で、大規模店はなんとか踏ん張り、街角のゲームセンターはバタバタと潰れていっている。

数は正義ではないが、やはり数が少なくなると裾野が狭まり、多様性が減り、活気も失われてしまう。そして元々弱っている所に、この新型コロナである。ほとんどのゲーセンが消滅の危機にある事は明らかだ。

郊外の大型店以外の街角のゲームセンターは、基本的には立地商売で、駅前の一等地にある事が多い。つまり家賃が高い。だから客の入りの悪さが経営に直結してしまう。

さらに、黙ってゲームをすれば飛沫が飛んだりはしないものの、スティックやボタンやタッチパネルなどのコントローラー類は不特定多数の人が使う。

誰かがゲームをするたびに店員さんが消毒をするなど涙ぐましい努力をしているようなのだが、これは店がガラガラだからこそ出来る対策だ。つまり、毎回消毒できているうちは、永遠に赤字が続いてしまう。

感染防止の為に手袋をしてゲームをしろ、というのも不可能ではないが難しい。要するにお手上げである。

家庭用ゲーム機があるじゃん、スマホで遊べばいいじゃん、という意見もあると思うけど、音楽なんて配信で聞けばいいじゃん、スポーツだってTVで観ればいいじゃんというのと一緒で、ゲームセンターには独自の雰囲気があり、そこは社交場でもあるのだ。

大型筐体や音ゲーなんかも、家庭に置くのは難しい。要するに好きな人にとって、簡単に代えの利く存在ではないのだ。

僕はゲームセンターという場所が好きだ。だから今のままでの存続は難しくても、形を変えて生き残ってくれれば嬉しいけど、どうだろうか。

「カフェ+書店」みたいな新しい形が作れないものだろうか。あるいはみんなでスマホを持ち寄って遊ぶ場所、みたいな形でも構わないのだけれど(この手のスペースは実際に秋葉原にある)。それとも、eSportsを学ぶ道場や修業の場みたいなものになっていくのだろうか?

   ※   ※   ※

僕は若くて暇だった頃、每日2〜3時間プレイするぐらいピンボールが好きだったのだけど、現在のゲーセンからはピンボール台が無くなってしまっている。絶滅危惧種ではなく、絶滅してしまっている。

ピンボールは奥深いけどマニアックなゲームだし、見た目もビデオゲームやクレーンゲームなんかよりずっと地味。そして何より機械部分のメンテナンスが大変なのだ。40歳以下の世代だと、一度も本物のピンボール台を見た事がない、という人が大半ではないだろうか?

かつてゲームセンターの一角を占めていたピンボールが消えてしまったように、「かつて、ゲームセンターという遊び場があった」なんてセリフで始まる映画や小説が作られない事を願っている。

何をどうすれば良いのか分からないから、せめてこうしてブログを書いている。

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