YouTuber「あさぎーにょ」にコンテンツと音楽の未来をみた

今日、巣鴨のシェアハウスに遊びにきた友人から、あさぎーにょというYouTuberの動画を観せられ、衝撃を受けた。その動画がこれだ。ちょっと長いけど、約400万回も再生されている動画なので、頑張って観て欲しい。

もう限界。無理。逃げ出したい。

【以下ネタバレありです】

 

 

たった1曲のMusicVideoを紹介するために、歌詞の世界観に合わせてシナリオを作り、動画を撮り、スポンサーを付けて、YouTubeにアップし、Twitterで拡散させる。何かを伝える為に、徹底的にこだわって「ここまで」する時代が来たのだ。

今の時代、何かを創り広めるためにはWorldWideでオリジナルでなくてはならないし、何らの創作活動を続けていると、必然的にそこにたどり着くのだろう。逆に、真のオリジナルでないものは、いつかジリ貧になり休止せざるを得なくなる。

ちなみにYouTubeの自己紹介は、こんな風に書いてある。

あさぎーにょです。
「へんてこポップ」をテーマにワクワクを届ける。(略)
自分のワクワクする気持ちを大切に、まだ誰も見たことない新しいことに挑戦していきたいです。

https://www.youtube.com/channel/UCqD72KlQed6DB-cPEaEYdEg/about

「まだ誰も見たことない新しいことに挑戦していきたい」 なんとも象徴的な言葉ではなかろうか。

それにしても、だ。

何かをするために、ここまで作り上げなくてはいけない世界は、タフであり続けなくてはいけない世界だ。それは量と質の両面において、タフでなければならない。

「あさぎーにょ」もここにたどり着くまでに何百本も動画を作り続けている。そして、それは活動を続ける限り、これからもずっと続く。

一生懸命やっている事が報われるのか、報われないのか、誰にも分からないリスキーな世界。

そんなヒリヒリするような世界を知ってしまうと、僕が今まで居たテレビの世界は、なんともヌルい。やっぱりもう元には戻れないなぁと思ってしまう。

ちなみに、こちらが4年前の動画。たった4年でここまで進歩してしまうのだ。

わたし女の子やめました

インターネットの世界に終わりは無い。彼女がこの先どうなっていくのか、本人も含め、誰にも分からない。それこそが楽しい。「劇場型表現者」の時代とでも言えば良いのか。

これまでよりもずっとずっと長く、表現者とつきあっていく時代がきたのだと思う。

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