アニメ「ハイスコアガール」の空気感とゲーセン文化 #ハイスコ

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20年ぶりぐらいで新作アニメを観ていました。「ハイスコアガール」というアーケードゲーム(ゲームセンターに置いてあるゲーム)を題材にしたアニメで、岡田斗司夫がチラッと「今期のアニメの中では良く出来てる」的な事を言っていたので気になってNETFLIXで観てハマりました。ちなみに、僕が新作アニメを毎週楽しみにして観るのは「新世紀エヴァンゲリオン」以来の出来事です。これ、もう前世紀のアニメですね(笑)

さて、この「ハイスコアガール」というアニメは、ゲーム好きの少年がゲームにのめり込んでいくと、2人のカワイイ女の子からなぜかモテまくってしまうというラノベ的?展開のアニメです。舞台は主に学校と街のゲームセンター。時代はちょうどバブルが終わったくらいの1991年。この時、主人公の少年は小学6年生という設定です。この1991年というのが重要なポイントで、これはストリートファイター2(スト2)が発売された年なのです。

1978年、インベーダーゲームの登場により、個人がゲームをする場所としてゲームセンターは誕生します。最初はインベーダーしかゲームがなかったので、インベーダーハウスとも呼ばれていました(笑) ゲームセンターは、その成長過程で徐々に単なる遊び場としてだけでなく、人と人がゆるく交流する場所になっていました。そして1991年に発売されたスト2が生んだ「対戦格闘」という新ジャンルの出現により、まさにゲームセンターはさらに次のステージへ変化していく過程にあったのです。

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このアニメの特徴は、ゲームよりもゲームセンターでの交友に主軸を置いている所にあります。

放課後、親や教師の目をかいくぐってゲーセンに行って、ライバルや友達がプレイしているか目をキョロキョロさせて探す楽しみ。一生懸命ゲームの腕を磨いてギャラリーを背負ってプレイする優越感。新台が導入された時のワクワク感。お金が無い時にハマる10円ゲーム。

僕にとってゲームセンターは、遊び以外の事を学べる貴重な場所でした。そもそも、ガキ大将文化が失われて以降の少年にとって、違う学年や学校の連中と日常的に会う機会ってのがあまりない。さらに親を介さない社会との接点も殆ど無い。それは、主人公のこんなセリフにも現れています。

俺たちガキが時代の変化を目の当たりに出来る場所って、ゲーセンなんじゃないか

今ならスマホ1台あれば、誰とでもすぐつながれるけど、当時はわざわざゲーセンに出かけないと他校の生徒と会う機会なんて、あまりなかったのです。

もっとも僕(1971生まれ)がゲーセンに通っていた小・中学生時代は風営法も適用前で、女の子なんか全然いなくてカツアゲもしょっちゅうある「怪しい盛り場」でした。もちろん、このアニメの主人公みたいに女の子にモテたりする奴は誰も居ませんでした。

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今はスマホが舞台のソーシャルゲーム全盛期になり、ゲーセンは衰退期に入って久しいです。今後も盛り返していく事はあまり期待できません。

そんな時に過去を振り返るような作品が出た事は後ろ向きなんじゃないかと思って、最初のうち、僕はこの作品を観る事に抵抗がありました。なんかオッサンが昔は良かったなぁとか言いながら「三丁目の夕日」を観ているのと同じ現象なんじゃないかと思って。

でも話が面白くて途中でやめられなくて、結局、最終話まで観続けてしまいました。これ当時ゲーセンに通っていたのと、似た気持ちなんです。アニメのオープニング曲は、ゲーム上の勝負に熱中する様を、こう歌い上げます。

デタラメと何度も言われたって
誰にも認められなくたって
止まらない 止まれない

当時(今も?)は、どこの学校もゲーセンへの出入りは禁止。ゲーセンに行く=悪い事、でした。でも次々に登場する新作ゲームは面白いし、とりたてて悪い事をしているようにも思えない。だから、こっそりゲーセンに行く事だけは止めなかったし、そうする中で「大人の言う事がすべてじゃない」と自立心のようなものが芽生えていった気がします。

同じように、自分の中にいる大人の理屈で観るのを止めてしまうより、それに抵抗して「面白いものは面白い」と素直な気持ちになれたのが、このアニメを観て良かった事なのかなと。

昔のゲーセンみたいに、誰でも自由に出入り出来て、個人で楽しみつつ知らない人と交流できる場所ってどこかに無いのなと思ったのだけど、自分がやっている事がそれにかなり近く、影響力の大きさを感じました。

例によってまとまらないですが、長くなりすぎたので、この辺で。NETFLIXだと、今からでも観られます。