夜の予定が飛んでしまい、久しぶりに西麻布で食事をしようと思った。向かう先は、めし処あいざわ。赤い看板が目印の、深夜でも開いている貴重な定食屋だった。
この店に良く来ていたのは20代後半の頃。当時僕は池袋の3DKのマンションに住んでいて、夜中にムラムラと食事がしたくなると、ポルシェを運転して、その店に来ていた。20年前、深夜に食事できる店の選択肢は、決して多くはなかった。
もう残っていないかも、と思いながら六本木から坂を徒歩で下っていったが、やはり閉店していた。せっかくなので次のデートに使える店のロケハンでもしようと思い、近くをグルっと1周してみたが、記憶の中にある店は、ほとんど無くなっていた。
店が替わってしまうのは、悪い事ではない。ただ、それが少し寂しいだけだ。個人が切り盛りしている面白い飲食店が、20年以上も続くのは極めて珍しいケースだろう。
思えば、先輩達に無理やり連れられてだけど、そんな面白い店に若いうちから出会えた事は幸せな事だったのだろう。高い店でも散々奢ってもらい、色んな世界を教えてもらった。
今は「キャンティに連れて行って」とでも言われない限り、大抵の店に入る財布の余裕はあるけれど、僕は誰かにこの世界を教えてあげているだろうか? 今も昔も、人とツルむのは苦手だ。
1人で麻布ラーメンを啜り、ホブソンズのアイスを食べようか迷いながら、今感じた事を忘れないように、ガードレールに腰かけてキーボードを叩く。
この文章を書いている間にも、西麻布の交差点では少し白髪の混じった男と20代と思しき女が3回も抱擁し、熱い口づけを繰り返している。昔からとても有名なホブソンズのアイスだけど、実は1度しか食べた事がない。