Hちゃんの思い出

Hちゃんという20代半ばの女の子がいた。黒髪ストレートロングでメガネをかけ、愛らしい顔をしていた彼女が、今年の1月に亡くなった。自殺だった。

そのうち誰か追悼文を書くかと思ったら誰も書かないのでずっとモヤモヤしていたのだが、このままずっとモヤモヤし続けるのも良くないし、そうこうしているうちに彼女の思い出が風化して思い出せなくなってしまうのも良くない。

だから、彼女の事を忘れる為に、そして忘れない為に書く事にした。

   ※   ※   ※

僕がHちゃんと出会ったのは、西武新宿線沿線にある、とあるシェアハウス。2015年末か2016年初頭だったはずだ。初めて会った瞬間の事は覚えていない。ただ、最初だったか2回目だったかに会った時、みんなでカラオケに行って、とてもとても盛り上がったのを覚えている(ちなみに僕はカラオケが嫌いなので、滅多な事では行かない)。

彼女はお酒が好きで、僕もよく酒を飲んでいたので、飲みの席で会う事が多かったと思う。20歳も年下の女の子と(朝まで)飲む機会というのはそんなに多くないので、僕の方は毎回楽しかった。彼女はよくモテていたので、新しい彼氏が出来たとかケンカしたとかの話を沢山聞かされた覚えがある。

そうこうしているうちに、僕が管理している物件の掃除やデータ入力のバイトなどを時折頼むようになり、そこまでくると単なる飲み仲間というよりは「割と仲良し」という感じになっていた思う。僕の紹介で別のシェアハウスに彼女が引っ越した事もあった。引越し先のシェアハウスの面子も交えて、みんなで海に行った時、子供のようにはしゃいでいたのを覚えている。

彼女は僕と会う時、いつも笑顔でニコニコとしていた。最初にも書いたが、とても愛らしい笑顔だった。でもそれは彼女が「元気」な時にしか会っていないからだった。正確な病名は知らないが、彼女は鬱持ちで症状が悪化している時は家から出られないような人だった(現場を見た訳ではないが)。

一時はメッセージを送っても返事が返ってこなくなり、だいぶ心配した。とは言うものの、住所を知らなかったので、勝手に心配する以上の事は何もできなかったのだが。

しかし去年(2018年)の後半になると、SNSに自作のイラストなどをUPし始め、だいぶ状態が良くなった事がうかがえた。年末には、僕のシェアハウスに遊びに来てくれて、みんなでBBQして久しぶりにゆっくりと楽しく話す事ができた。

でも、結局それが彼女に会った最後の日になってしまった。

僕が彼女の死を知ったのは今年の1月末。ちょうどその日、Hちゃんは何してるかなぁと、彼女の事を思い出したところだったので、虫の知らせかと思ったが、実際には1月中旬に彼女は都内の自宅で亡くなっていた。ハッキリとは分からないが、恋愛関係で悩み、衝動的に自殺してしまったらしい。

僕は現在40代後半なので、病気や事故、自殺で友人・知人を亡くした事は1度や2度ではない。そんな悲しい出来事も、仕事でお世話になったK先輩以外は、日常生活の中ではほとんど忘れてしまっている。薄情だと思うかもしれないが、中年以上の人は割とそんなものだと思う。

でも、今回のHちゃんのケースは違った。心底堪えた。激しく動揺した。

鬱も落ち着き、これからまた酒を飲んだり一緒に遊びに行ったり彼氏の話を聞かされたり出来るな、と思った矢先の出来事だったからだ。ほんの1ヵ月前、みんなで楽しく肉を焼いて食べたばかりだというのに。

僕にHちゃんの死を教えてくれた友人は、号泣していた。僕よりずっと若いのにしっかりしている彼が、そんな風に取り乱した姿を見るのは初めてだった。彼女の事を妹のようにかわいがっていたという事だった。

後から知った事なのだが、鬱は治りかけが一番危ないのだそうだ。本当に症状が悪化している時は動けないので、当人は最悪の状態かもしれないが、ある意味安全らしい。少し動けるようになったぐらいが一番危ない、僕はそんな事も知らなかった。単純に、彼女の状態が良くなって来ているのを喜んでいた。

もし自分にもう少し知見があれば、いくばくかは違った対応が出来たかもしれないと思うと、どうしても悔いが残る。

しかし、なぜここまでショックが残るのかといえば、Hちゃんは会ってる時はひたすら笑顔で明るく、その落差があまりにも大きかったから、という他ない。

以上が僕が知っている彼女の死と思い出の概略である。もしかしたらHちゃんは、こういう文章を書いて欲しくないかもしれない、と思うと、一抹の不安が残る。

でも、僕は彼女の事を忘れたいし、忘れたくないのだ。

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