筋肉少女帯の「サイコキラーズ・ラブ」が好き

最近、筋肉少女帯の「サイコキラーズ・ラブ」という曲を教えてもらって、結構ハマっています(ここで30秒間試聴できます)。冒頭のギターのイントロがもう沁みるんだけど、歌詞の世界観がもう凄くて。

サイコキラーというのは、WikiPediaには「サイコパス(反社会性パーソナリティ障害)などのため猟奇殺人もしくは快楽殺人を繰り返す殺人犯」とあり、ざっくり言えば、人と違う感情構造を持つので人を殺してしまう人、という所でしょうか。

この「サイコキラーズ・ラブ」という曲は、サイコキラーの2人が出会って、1人だったら殺人とかを犯してしまうかもしれないけれど、2人で監視しあえば罪を犯さずに生きていけるかもしれない。ああ、お互い出会えて良かったという感じの歌です(歌詞はこちら)。

サイコキラーの二人は
愛し合うとか分からない
人の痛みを感じない

ずっと見守り合ってたら
生きてる何にも 手をかけない

たぶん、サイコキラー(猟奇殺人者)というのは持って生まれた性質で本人には変えられないんだと思うけど、それでもやっぱり人間は生きていかないといけないじゃないですか。放っておくとどんどん殺人を犯していつか捕まり処刑されてしまう。

歯止めをかける何かを
探し求めてただよい
無理だろな あきらめてた

他人の気持ちは分からないけど、唯一、同じサイコキラーの人間とだけは分かりあえるかもしれない。でも、やっぱり分かりあえないかもしれない。そんな喜びと悲しみが綴られています。

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ここからは自分の話なんだけど、毎日毎日沢山の人に会い、表には出せないような深い話を聞いていると、世間一般の常識と、個人が心の底に抱えている気持ちとの乖離がすごくて、何が本当なのか分からなくなる時があります。

あるいは本人が認識している事実と客観的事実が全然違い、一体なんであなたはこんな風に考える事ができるんだ、という気持ちになる事があります。

人間を信じようとすればするほど、人間を信じられなくなってしまう瞬間があるのです。単純に人間のドロドロとした部分を見てしまった以上の何かを感じてしまいます。

そういう時にどうしたら良いのか、という解決策を僕はまだ持っていないのだけど、この曲を聴く事によって、なんだか少し救われる気がするのです。

最近、人間ってやっぱり分かりあえないのではないか、という気がしてならないのだけど、この曲は、サイコキラーという極限的な人間同士でさえ、出会う事に意味がある、と歌っているので、安らぐのかなぁ、と。

僕は「涙枯れ果てた先にある何か」をずっと追い求めているので、そういう部分においても心が揺さぶれるのだと思います。