人工知能と人間の将来が少し見渡せた

人工知能時代に生まれる仕事ってなんだろう
今日は「人工知能時代に生まれる仕事ってなんだろう」という勉強会に参加してきました。

僕が(今の)人工知能に興味を持っているのは、技術として純粋に不思議なのと、人間の存在を揺さぶっているからです。

今日得られた知見を一言でいうならば「人工知能に任せられる事は任せてしまって、人間はもっと他の事をしようよ」という事でしょうか。人間よりもトラックの方が荷物を沢山運べるように、人工知能が得意な分野で戦っても絶対に人間は勝てません。そしてそういう領域が現在急増中なのです。早急な切り分けが必要です。

未来において人工知能は多くの企業が活用し、人工知能を使っているだけでは差別化できなくなるでしょう。その時、差別化するのに必要になる能力こそが、これからの人間に求められるようになる能力のはずです。

そして、その能力とは人間が持つ本質的な人間らしさ。オモテナシだったり感情の起伏だったり創造性だったり身体性だったり。ヒューマンタッチというようですが、人工知能が普及する事によってこれらの価値が相対的に増し、より人間らしい暮らしが求められる時代が来るような気がします。

そういう社会が到来するのは、恐らくあと2〜30年後でしょう(パソコンが発売されてからiPhoneが発売されるまでが約30年です)。僕が生きているうちに体験する事になる訳ですから、これは楽しみです。

今回の勉強に参加した事で、おぼろげながら人工知能と人間が共存していく将来が見渡せた気がします。あとは趣味として人工知能のプログラムを試してみるか、人工知能を使った商売を始めるか、この辺について考える必要があるのかなと思っています。

あと人工知能とは関係ないけど自分の知らなかった知識としては、人口経済規模の定常化トレンドというのがあって、これも世の中の変化に大きく影響がありそうだな〜。

「よく分かる人工知能」を読んでシンギュラリティーの先を考える

人工知能は人間を超えるか」(松尾豊著・角川選書)に続いて、「よくわかる人工知能」を読んでみました。UEIの清水亮さんによる日本の最先端研究者との対談集です。2016年の現在進行系の業界の空気感がものすごくよく分かります。

よく分かる人工知能
読んだ中で一番衝撃的だったのは慶応の前野隆司教授が唱える「受動意識仮説」。

これはどういう事かというと、人間の意識というのは実は後付けで、既に起きた現象を後からつじつま合わせで説明しているに過ぎないというものです。

例えば、手を動かそうとした時、動かそうと思っている0.35秒前に筋肉に指示が出ているのだそうです。自分が指示して手が動いているように思うけど、実際は、意識するより先に手の筋肉が動いていて、それを「自分が指示して動いた」と後から認識して思い込んでいるに過ぎないというものです。

では意識とは何かというと、膨大な情報の中から取捨選択して記憶するための一種の情報圧縮過程なのではないかと。情報の山の中からエッセンスを抜き出すみたいなものらしく、それを脳の各部分が分散的に行っているというのです。さすがに膨大な生の情報は、そのままでは記憶できないですからね。

「意識とは何か」という事がおぼろげながらも分かってきたという事は、意識を人工的に作り出す事ができるはずで、本当に人間の脳のような物が作れる可能性が出てきた、という事です。

まずインテリジェント・オブ・シングス(intelligent of things)という全てのモノが知能を持ち、自律的に行動していく未来が10年後ぐらいに出現して、その先に人工知能が人間の知能を超えるシンギュラリティーがやってくる。しかもそんな遠い話じゃなくて数十年後です。

そうなると、最近よく言われるように人間の存在意義が問われる訳です。人工知能が人間を支配したり殺したりするんじゃないか、という事が良く議論されています。

この本を読んで僕が感じたのは、人間の脳というのは数十億年かけて進化してきただけあって、実に良く出来ている。ただ、人間の脳を真似ている範囲では、すごく頭の良い人間、例えばアインシュタインのような天才的な人工知能が生まれるにすぎなくて、その範囲では特にすごい何かが起きるような事はなさそうだという事です。

例えば Googleには物凄い天才が集まっているけれども、人類を恐怖に陥れたりはしないし、怯える必要もないのと一緒なのかなと。まぁGoogleの出現で失業しちゃう人は出ているので、その程度の事はある訳ですが。

それよりも、魚に足がついて陸上を歩き回ったり、羽が生えて空を飛んだりしたように、脳を超える何かがそのうちできて、人間、もしくは機械がより高い次元の生命体になって宇宙に進出し、宇宙をうめつくす可能性の方が高い気がするし、実際そういう未来がこの本の中で語られています。まるで生物が海から出て陸を覆い尽くしたように。

個人的に子供の頃からウオッチしていたコンピュータの世界も段々進歩が遅くなってつまらなくなってきたなと思っていたのですが、新たな興味対象が出来て良かったなぁと。しかもそれが実世界と直接結びついてくるので、これは面白そうです。

趣味でウオッチする範囲にするのか、仕事として取り組むのかは、まだよく分からないですが。

あと、脳の視床下部にある腹側被蓋野ってところを刺激すると、「必ず」目の前にいる人を好きになるらしいので、誰か一発で腹側被蓋野を刺激できるボタンを作って欲しいです。

我々が #ネット婚活 に求めるもの。あるいは #婚活サードウェーブ の現在

最近、ネット婚活が流行っています(少なくとも僕の周りでは)。

ここでいうネット婚活(もしくは恋人募集)とは、Pairsなどの出会い系サイトや Tinderみたいなアプリのように「知り合いにバレずに婚活」路線とは違い、主にブログなどの公開メディアを使って、自分のスペックや個人的事情、相手に期待する条件などを事前に明らかにし、結婚(交際)相手を公開募集をする事を指します。

http://manadum.com/
マナダム流にいうと「婚活サードウェーブ」という表現になります。
 
 
たけべともこさん
例えば、フリー写真モデルとしても活動しているたけべともこさんは、クラウドファンディングを使ってお見合い相手を募集。見事サクセスされました。


たけべさんの最近のtwitterをちょっとのぞいたら、すごく微笑ましいというか羨ましい状況になっているようです。
 
 
http://tabippo.net/boyfriend/
旅行がテーマのTABIPPO.NETの運営をしている阿部サキソフォンさんは、自分が運営しているメディアの読者限定で彼氏を募集。なんとなくネタっぽい感じもしつつ、しっかり実益もGETしようとする姿勢が素晴らしいです。
 
 
http://www.gentosha.jp/articles/-/6640
さらに、結婚してもシェアハウスに住みたいという、「結婚とシェアハウスのどっちが大事なんだよ」的な例や(気持ちは非常に分かるけど)、
 
 
http://enntaku98.blog.jp/archives/8280151.html
 
男性からの恋人募集の例など、徐々に普通の人にも広がりつつある状況のようです。キャズム理論でいうところのイノベーターからアーリーアダプターへの移行が始まりつつある感じです。

一体、その背景には何があるのだろうか、と。

軽く想像するに、これはネットが普及した現代ならではの閉塞感の裏返しなのではないか。言葉を定義するなら「リアル&ネット人脈の行き詰まりをネットで解消する行為」。分かりやすくいうならば「思いもよらない出会いがしたい」と。

現代の人間関係は、なんとなく昔より淡白だし、そもそも行動範囲がみんな割と狭い。リアルで知らない人に出会う機会なんか、普通の社会人は合コンぐらいしかないんじゃないの? 職場結婚における平均距離は3メートルともいうし、少ない選択肢の中から相手を選ぶというのが、かつての婚活だったのだと思う。

本来そこでネットの出番になるはずなんだけど、LINEやfacebookをいくらやったところで人間関係はそんなに広がらない。twitterやってる人はそうでもないような気もするけど、実際に会ったりする人なんて滅多に居ない気がします(異性ならなおさら)。インスタやってる人と出会ったりも多分ないよね。

昔はmixiでoff会して出会うってパターンがあったけど、まぁそれもほぼ壊滅しちゃったしね。という訳で出会い系サイトやアプリを使わない社会人にとっては(あるいは使ったとしても)、異性との出会いが割とすぐ手詰まりになる現状があるのではないでしょうか?

そんな中で、ネットで独自に情報発信できる力を持つ「一部の強者」だけが使える飛び道具が、今のネット婚活なのだと思います。普通の人がネットで「恋人募集中」ってやっても、全然注目を浴びずに終わるだけですからね。そしてここに、若干のパラドックスが発生します。

ネットで自力で情報発信できる力がある、という人は、当然、リアルでしか活動していない人よりも圧倒的に知り合いが多い人です。プチセレブ、とまでは行かなくても、そこそこ有名人である必要がある。もしくは何等かのメディア関係者とか。そういう属性の人は、周囲に居る「つながる可能性のある人」とは大体つながってしまっていたりします。

そしてアクティブに活動し知り合いが多いがゆえに、ネット、リアルのどちらを探しても、自分の活動範囲の中では新しい相手候補がいない、なんていう不幸が発生してしまうのです。たまにイベントとかで知らない人に会うけど、普通に出会うので相手に熱量があるわけでもなく、そういう人と恋に落ちる確率は決して高くないと思うのです。

そしてもう1つ。独自に情報発信してる人は、面白い人が多いです。いや、元々は普通の人だったのかもしれませんが、様々な試行錯誤の結果、面白い人に変化していきます。中には途中で脱皮のような劇的変態を遂げる人もいます。

すると何が起こるかというと、よくいる普通の人だとつまらなくて付き合えなくなります。僕の友人には、そういうタイプが沢山います、面白いんだけど恋人が居ないタイプ。とりわけ自分のブログの読者やSNSのフォロワーとは、どうしても落差が出来てしまう。読んでリアクションしてくれるのは嬉しいんだけど、読者 or フォロワーから得る情報があまりにも少ない。情報を発信すればするほど自分は成長し周囲との差が開いていくというジレンマ。

さらにいえば、自分がちょっとだけ(その界隈で)有名人なので、ある種の衆人環視状態に置かれてしまい、自分の活動範囲内では手を出し/出されにくい状況が発生しまう。原理としてはアイドルが「普通の恋愛がしたい」と言うのと一緒です。力を持つが故の不自由がそこにはあるのです。

一方で、その「力」を行使するのに大した苦労もリスクも無い。となれば、これはもう、力を行使するしかない。元々下地があるところに「恋人募集中」とすればほぼ間違いなく拡散し、通常では出会えない思いもよらない相手と出会える訳ですから。セレンディピティ最高!ってなる訳です。

まとめると、今、ネット婚活が流行する背景にあるのは、

1:ネットの普及により自力で独自情報を発信できる人々が出現
2:そういう人は、ネット人脈、リアル人脈ともに(未知の)相手探しに手詰まり感がある
3:リスクも少ないし、万が一バズったらラッキ〜って感じで、ネット婚活ブーム到来!

という流れなのではないでしょうか?

じゃあなぜ周囲にたくさんいる手近な異性で妥協しないのか、という話になる訳ですが、長くなったので次の機会に。

11月25日の二丁目ごはんBARでは、ネット婚活に成功したゲストを招いてトークしていただく予定です。

旅をしながら「離婚してインド」を読んだ

離婚してインド とまこ著
旅している時に読む本は、やはり旅の本だよね〜、という事で、とまこさんの「離婚してインド」を読みました。内容は、とまこさんが旦那さんに別れを告げられた後、思い立ってインドに旅立ち、2ヵ月かけて最南端から北上していく道中を綴ったパックパッカー旅行記です。

とまこさんと初めて会ったのは4年前。ちょうど、彼女がこの本を出版した直後だったと思います。それから長いこと「心の積ん読」になっていました(きゃ〜すいません)。

重い内容の本だったらどうしよう、と思ってずっと放置していたのですが、読んだたら全然そんな事はなく、とまこさんらしい明るい前向きな本でした。スカッと壮快、軽快なテンポで悩みを吹き飛ばし、新たな人生を謳歌したくなる一冊です。

(以下ちょっとだけネタバレ)
個人的には、とまこさんの別れた旦那さんのこのセリフが胸に沁みています。

恋愛って、ふたりの意見が一致しないとはじまらないけど、終わりはね、違うんだ

深い。深いよなぁ。本を読む限りでは元旦那様は非常に慈悲深く愛情深くとまこさんに接していたようです。そんな人から発せられるのがこのセリフなんです。さすがにこれは如何ともしがたい。

一方のとまこさんは、とまこさんのセリフはこちらです。

笑顔があれば、まわりも、自分も、だいたい、しあわせ。
笑顔でいることが、人類みんなの、役割である気がしてならない

どこまで行ってもメッチャ前向きです(笑) ま、みんなで暗い顔しててもしょうがないじゃないですか。

本の最後でとまこさんはあるものを見つけ、彼女の旅が終わります。それを読んで、ああ良かったなぁとこちらまでホッとしました。

2016年10月の一番やばかった出来事

久々に今月の振り返りを。なんと最後に書いたのは2015年4月なので1年半も書いていなかった!

この行事をするのとしないのとでは、日々の充実度が違う気がするんですよね。

こうして振り返ってみると、毎日遊んでばかりだ(笑) もっと仕事せねば。

★ルール★
1:できるだけ全部の日の出来事を思い出す
2:でも思い出せなかったらしょうがない
3:その中で、一番やばかった日を決める
4:来月の野望を無計画に表明する

という訳で、2016年10月の出来事

マック赤坂と

10/1(土) 池袋でマック赤坂と酒を飲んだ
10/2(日) MeetTheWorld池袋に食料庫を作った
10/3(月) マナダムの記事を読んでズギューンとなった
10/4(火) イスラエル人にヘブライ語を教えてもらった
10/5(水) 自分が管理してるサーバがアクセス集中で落ちる。ちょっと嬉しい
10/6(木) シティファームDIY雑色を大掃除
10/7(金) 渋谷で朝活したら爆弾騒ぎが発生。馴れない事は、するもんじゃない
10/8(土) 印口さん、美緒ちゃんが秩父城に来てみんなで鍋。もうそんな季節
10/9(日) 「あの花」にも出てくる秩父の龍勢祭りを観る。なかなか素朴で楽しい
10/10(月) シン・ゴジラを観る(5回目)。ほぼ全ての上映方式を網羅
10/11(火) 突発的にチリ人カップルとチリワインを飲む会。及川夫妻も急遽参戦してくれた
10/12(水) 横浜で、すげーパワフルな女社長に会った
10/13(木) 記憶にも記録にもないので、普通に仕事してたはず
10/14(金) 秩父で若者と色々話す
10/15(土) 群馬県藤岡市鬼石地区が舞台の「魔法使いの弟子」という自主映画を観る。メッチャ良かった。いつか映画撮りたい
10/16(日) 秩父の事を卒論に書いた前川さんにインタビュー。その後「例のプール」に行って泳いで腹を壊した
10/17(月) スロバキア人と出会う
10/18(火) 生まれて初めて蒲田温泉に行く
10/19(水) ダイエット仲間を募集した
10/20(木) シティファームDIY雑色に新メンバー加入が決定
10/21(金) 浅草でパーリー建築のオープニングパーティーに行ってパーリーピーポーに出会う。あとハンドパンという楽器が面白かった
10/22(土) 秩父市東町の妙見講に参加。直会の席で25年ぶりぐらいにペタンクに誘われる
10/23(日) 朝、雲海を見に行ったら、偶然タナケンに遭遇。雲海をバックに撮ってもらった写真が意外と格好よく気に入ったのでfbのカバー写真
10/24(月) アザブノイス(ギルドハウス東京)が移転するというので、ちょっと早いお別れ会へ。まさかLOOFもノイスも無くなるとは。ちょっと困る
10/25(火) 金庫を壊してもらった
10/26(水) 秩父城の大家さんと雲海鑑賞にチャレンジ。いま1つだったけど、大家さんが楽しんでくれて良かった
10/27(木) ダイエット部活中なれど、タンメン大盛りを注文
10/28(金) 二丁目ごはんBAR Vol.12は仲良しの池下&中根夫妻。某エロ漫画家さんが厳しい質問を連発してた
10/29(土) MeetTheWorld池袋の風呂の電気を交換してもらった
10/30(日) 娘と同級生達とにこにこパークで遊ぶ。秩父のまんまる祭りに行けなかったのが、ちょっと残念
10/31(月) ハロウィンには行かなかった

そして2016年10月の一番やばかった出来事は、10/15の「魔法使いの弟子」という自主映画を観た、です。

魔法使いの弟子:監督と主演女優

監督はNHK国際放送のラジオが本業で、映像の人ではなくて。そのせいで撮影とかかなり拙い部分もあるのだけど、何よりシナリオが丁寧で。主演の鬼石在住の役者さんがとても良くて。

娘が父親に怒られるシーンとかでは、映画の中でも泣くシーンなんだけど、娘役の役者さんが本当に泣いちゃったらしくて、そこまでみんな頑張って作っていて。手作りの暖かい感じがとても良くて、映画として最高に素敵でした。

11月の目標は「たまってる課題を片付けるぞ〜!」です。今年もあと2ヵ月。やり残しの無いように!!

主に泣いてます 東村アキコ 1〜3巻

主に泣いてます 東村アキコ
主に泣いてます 東村アキコ 1〜3巻 講談社

どんな男も一目惚れしてしまう絶世の美女、紺野泉。美人すぎるが故に、彼女の周りでは数々の悲劇・喜劇が繰り広げられる。ドタバタコメディ。

読んで面白く、そして深い。ギャグの要素をギュッと詰め込んで、なおかつ「本妻と愛人は分かり合えるのか?」などハッと考えさせられるテーマが内包されている。

読んだ印象としては「なんだか懐かしい」。例えていうなら江口寿史。「進めパイレーツ」とか「ストップひばりくん」とかが近い印象。まぁ、画はそこまで洗練されていないけれど。僕は、つねちゃんみたいなベタ髪のボーイッシュなキャラって結構好きです。今後の展開はどうなって行くのだろうか?

フジテレビで実写ドラマ化されてるっぽいけど、怖くてまだ観る気がしない。誰か、出来が良いかどうかだけ教えて下さい。

#シンゴジラ を上映方式を変えながら5回観た結論と、なぜ映画館で映画を観るのかについての現代的考察

シン・ゴジラ @ TOHOシネマズ六本木
シンゴジラ 5回目を通常版で観ました。かなり前の方の席で観ましたが、うーん、迫力がない(苦笑)

今まで観た順に上映方式を並べると、

1回目 MX4D(椅子が動く奴)
2回目 爆音(立川シネマシティ)
3回目 IMAX(巨大スクリーン)
4回目 LIVE ZOUND(川崎・チネチッタ独自の爆音)
5回目 通常版

となります。映像のプロの端くれとして、同じ映画で上映方式の比較をしたかったので、4DX(これも椅子が動く奴)以外のほとんどのバージョンを観たと思います。

結論からいくと、

No.1 MX4D(椅子が動くやつ)
No.2 IMAX(巨大スクリーン)
No.3 LIVE ZOUND(チネチッタ独自の爆音)
No.4 爆音(立川シネマシティ)
No.5 通常版

という順番に満足度が高かったです。

なんだかんだいって、椅子が動くことの迫力に他の方式は勝てません。特にゴジラみたいな破壊・戦闘系の映画において、その威力は半端ない。一番相性の良いジャンルではないでしょうか? また、画面を凝視する事が難しいので、CGや合成のアラなどが目立たなくなります。これも椅子が動くメリットといってよいでしょう。

ただし、今回のMX4Dは水しぶきとか背中叩きとか、やや演出過剰な感じがします。過ぎたるは及ばざるが如し、ということわざがあるように、4DX版を観ていたら、そっちが最高だった可能性があります。

IMAXは画質も良いですが、音の迫力も一級品。まさに正常進化した映画上映方式という感じ。椅子が動く系は、椅子の動きまで監督が考えて映画を作っている訳じゃないので、やや「後出しジャンケン」感がありますが、こちらは真っ向勝負。素晴らしいの一言。できれば世の映画館が全部IMAXになってくれないかな〜という印象。

LIVE ZOUNDは通常料金で爆音なので、コスパは最高です。爆音は立川のシネマシティが元祖だと思うのですが、後発の方が音が良いのはある意味当然。ライバル登場で元祖には更なる頑張りを期待したいところです。

残る通常版のメリットは、正直あまりありません。同じ2時間を使うなら、少々高かったり劇場が遠かったりしても、スペシャル上映版を選んだ方がいいなぁ、というのか僕の結論です。個人的にはチネチッタに行く回数が増えそうです。まぁ大都市じゃないと、そもそも通常版以外の選択肢ってあまりないですが。。。

 ※  ※  ※

この夏はシン・ゴジラを5回、君の名は。を3回と、1つの映画を映画館で何度も観たのですが、何でそうなったのかというと、やはり「没入感」だと思います。今の時代、誰かとご飯を食べても酒を飲んでも遊園地に行っても海に行っても、すぐに携帯が割って入ってきて落ち着きません。

一方、映画館ならそんな心配は無用。誰かと観に行っても思いっきりコンテンツに没入できます。これは忙しい現代社会の中では貴重な時間なのではないかと思います。ある意味、温泉に入ってノンビリしているのと同じようなユッタリとした時間です。これを没入する事による非日常性とでも呼びましょうか。これが1800円で手に入るのなら、まぁ安いのではないでしょうか。僕はシェアハウスに住んでいるので、普通の人よりも没入している時間が貴重なのかもしれませんが。

そんな訳で、携帯が通じない没入できる遊びがこれからもっと注目されるような気がします。逆にいえば、携帯さえ取り上げてしまえば、それだけで十分非日常的な感覚を味わえるんだけど、取り上げちゃうと拡散が難しくなるから集客に困るという矛盾を超える何かが求められているのかもしれません。

マック赤坂から僕が学んだ事

スマイル党総裁のマック赤坂さんが主役のドキュメンタリー映画「立候補」の上映会に参加。その後の懇親会でマックさんとお話する機会がありました。

マック赤坂と

マック赤坂さんといえば独自の選挙演説が有名ですが、僕は元港区民なので麻布十番で演説している彼を時折見かけていました。

大体の人と同じように、彼の事は見たことがあるけど、どんな人かは知らなかったのと、「立候補」の「あなたはまだ、負けてすらいない」というキャッチコピーが気になって、イベントに参加したのです。

マックさんは、ヘンテコな選挙演説、そして選挙で連続敗戦を続ける政治家です。あんな変な行動を人前でして恥ずかしくないのかな? と思ったら、やはり恥ずかしいという気持ちはあるのだそうですが、「羞恥心より信念の方が強い」という事でした。

では彼の信念は何なのか? スマイル党公式ページを見ると「日本をポジティブに」という事のようです。

イベント中に、彼はぼそっと、

たかがスマイル、
されどスマイル、
人生にスマイルは必要ですよね!

と話していました。
スマイルのミラー効果によって、日本をポジティブにしていく、という事なのでしょう。

その背景としては、極貧の家庭に生まれて1代で財を成した過去が影響しているようです。

そして驚く事に、その主張を象徴する出来事が、実際に僕の目の前で起きました。

イベント終了後にマックさんが池袋の駅前で街頭演説(というかパフォーマンス?)を始めたんですが、彼が「スマイル!」と叫ぶとみんな嬉しそうに「スマイル」のポーズをします。それまでただ無表情に歩いていた人々が、マック赤坂の行動によって立ち止まり、変わり始めた瞬間です。

マック赤坂は、今の日本に足りない何かを体現している。それは例えば、マスコミが勝手に泡沫候補と決めつけ報道しない事とか、彼が真面目に政策を訴える演説をすると人がいなくなり、おかしな格好で踊り始めると人が集まるとか、政治への無関心に象徴される、何かおかしな事の集合体です。

そして良いか悪いか別にして、今の世の中で彼を無視するのは難しい。

その結果、彼が世の中の何かを少しずつ変えているのだと思います。

彼が当選する事は難しいと思うけど、彼は当選しなくても世の中に影響を与える稀代の政治家なんだと思う。

My Yahoo! がついに終了

My Yahoo! 終了のお知らせ
My Yahoo! が昨日で終了。1998年開始だから18年もずっと使ってきた個人向けポータル構築サービスともついにお別れの日が来た。

Yahoo! JAPAN上のコンテンツはもとより、インターネット上のブログや各種ニュースサイトなどから、好きな情報を組み合わせ自分専用のページを作成できるサービスとして親しまれています。

要するに、ブラウザを起動した時に、自分の必要な情報やサービスを1つにまとめて表示するサービスでした。ニュース、天気予報、株価、RSS(ブログの更新情報)、乗換案内、Webメール、ヤフオクの価格、これらのサービスがシームレスにつながって使えたら便利だよね、という事で、昔は色んな会社が参入していた。少し前まではGoogleもやってたけど諦めて、いまはほとんどサービスを提供している会社がなくなってしまった。単なる RSSリーダーじゃないところが良かったのに。

必要な情報を如何に簡単に送り届けるか、という試行錯誤はネットの黎明期からずっと続いていて終わりがない。昔は PointCastだったけど、それを現代風にアレンジしたのが SmartNewsやGunosyなのかなと。上場している会社が2つもあるんだから、なんとかマネタイズして継続して欲しかったなぁという気持ちはあるのだけど、twitterで「my yahoo」と検索した限りだと、もうあまり使われていなかったようなので終了もやむ無しか。

ネットのサービスで終了しないものは、ほぼない。古い家具や車などは丁寧に使えばずっと残しておけるけど、ネットサービスはそれが出来ない。ただ、懐かしむだけだ。そして時と共に知っている人が減り忘れられていく。常に使っているサービスを乗り換え続ける事を強いられる。これが、インターネットがどこか落ち着かない理由なんじゃないかなぁと思っている。新陳代謝が速い理由でもあるのだけど。

そんな中でこのブログのドメイン「d-t-v.com」を取ったのがちょうど My Yahoo! が始まったのと同じ1998年だった。つまり Yahoo! Japanという巨大な会社が運営するサービスより、個人が細々と続けている「ホームページ」の方が長く続ける事が出来たという訳。

どっちが人の役に立つかは、そりゃもう明白なんだけど、自分にとってはいつの時代になっても変わらない「起点」がある事が、安心感の1つになっています。

まとまらないけど、終わり。

秩父に移住者を増やすメリットは?

昨夜は秩父にどうやって人を増やすか、という検討資料を作っていました。なかなか苦戦して、結局明るくなるまでかかっちゃったのだけど。

一番悩んだのは「なぜ秩父に人を呼ぶのか?」というあたり。

自分にとってその理由は明白で、「面白い奴が集まったら、もっと面白くなるじゃん!」って事に尽きるのだけど、では元々秩父に住んでいる人のメリットは何なのか?

もちろん、地域が活気づくとか、価値観の多様性が生まれるとか色々あると思うんだけど、最大のメリットは「移住者が住みやすい、もしくは移住したくなるような地域は、地元の人も住んでいて楽しい地域になるはず」という事なんじゃないかと。

移住を促進する過程でで、昔からある伝統を改めて見直したり、地域の風通しが良くなったり、自然をより大事にしたりという動きが起きると思うのです。

また、田舎の人は自分の地元の事を「何にもないつまんない所だよ」とよく言うのだけど(僕も自分の出身地の事はそう思う)、外部の人間からしたら宝の山みたいなもので良い所がいっぱいある。

そういった地域資産を評価する人が外部からやってくる事で、改めて自分の住んでいる所の良さを再発見して、自信や郷土愛につながっていったりもすると思うんですよね。